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09.19
Sun
なんか,突然訪れた秋に「心の準備ができてないんですけど」ってな感じの今日この頃.秋なんで,久しぶりに好きな音楽について書いてみようかなっと.


本日,紹介するのはShostakovichの交響曲第4番.通称「ショスタコ」の交響曲と言えば第5番が有名ですが,その一つ前の第4番も傑作です.

この交響曲,完成から初演まで異例の経緯を辿っています.というのも,初演に向けた練習中に,作曲者自らの手でドタキャンになってしまったのです.
(>_<)
当時,彼の国であるソ連では「社会主義リアリズム」と呼ばれる指針のようなもので,表現内容が縛られていて,それにそぐわない作品は排除されていました.彼自身,別の作品で強い批判にさらされたばかりだったので,このタイミングでこの曲を発表したらマジでやばい,と感じたのでしょう.結局,初演されたのは,なんと,その25年後.その頃には,既に交響曲第12番までが世に出ていました.

しかし,そんな不自由な創作環境にありながらも,自らの才能と芸術的野心で打開し,現代にも残る名作を数多く残していきます.Shostakovichに限らずですが,「芸術の本質的な強さによる"堅牢"と,政治権力のハッタリの強さによる"脆弱"」というのを,改めて感じてしまいます.


さて,第4番の交響曲.この曲は3つの楽章から成り立っています.ただ,3楽章構成なのに60分もあるヘビーな曲です.

第1楽章は順次進行の中にフックの効いた跳躍進行が入った主題から始まります,ちっと滑稽な,それでいて緊張感も感じられる主題です.その後,第2,第3主題と続き,展開部に入ります.速度記号"Presto"で指示された暴力的なフーガは,演奏不可能なくらい技術的難易度が高いものですが,これが超カッコイイ!

第2楽章の静かで印象的なスケルツォに続き,第3楽章はユーモアに展開します.愉快なメドレー風という感じでしょうか.でも,重厚な第1楽章を持つ交響曲にたまに見られる「最終楽章の息切れ感」というのはなく,逆に,こちらにも音楽的達成感のようなものが感じられます.長い曲だけど飽きさせないのは,デフォルト的な4楽章構成ではなく,敢えて3楽章構成にするという絶妙なバランス感があるんかなと思います.


この曲は,1900年代初頭の作曲家Mahlerの影響が大きいとされてます.私自身はMahlerの曲は少ししか知らないのですが,なんとなくわかるような気がします.また,そのことに「交響曲作家としての系譜」を思います.

ここからは私の勝手な持論なんですが,交響曲作家の流れを見ると,Mozart-Beethovenと続いてBrahmsに繋がる"太い実線"があり,それは19世紀で途切れています.それとは別にBeethovenから,純音楽としての交響曲を壮大なスケールと緻密なディテールで築き上げたBruckner,交響曲の表現能力を限界まで広げたMahler,そして,Shostakovichに繋がる"濃密な点線"により,現代まで繋がっているような気がするのです.バトンタッチではなく,テレコネクションな感じ.さらに言うなら,恐竜は絶滅したのではなく鳥類として進化している,という感じでしょうか(なんのこっちゃ?)
まぁ,偉大な作曲家達なんで何らかの影響を及ぼすのは当然っちゃぁ当然なんですけど(^_^)


この自分の好きな音楽について語るコーナー.前回の記事は去年の11月.
ってことは,今度の曲が紹介されるのは来年の7月か?
(^_^;)

20100919.jpg
納車された(^_^)/ドライブに行こう...その前に,車載用ゴミ箱を買おう
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